
「人生をあきらめさせない社会へ」
-介護の未来は、向き合うすべての人たちで、ゆっくりと創っていく・・・

穏やかに過ごせるために重要となる、誰の尊厳を守るのか
介護の軸となるのは、誰なのか?
本来、誰もが望む最後へ向けた流れは、
笑顔ある穏やかな時間ではないでしょうか。
介護に追われるとつい、自分中心な考えに偏っていく傾向があります。
そんな時に何気なく発した言葉や態度は、実は相手には伝わっているのです。
アナタにとっては、日常の行き違い、小さな関係のほずれかもしれません。
ですが、このほずれはアナタが思っている以上に重く、
相手を傷つけているかもしれないのです。
実はわたくし迫田智之は、家族からの介護をされた経験と
家族介護の経験と、両方を経験しています。
20歳ころに一度倒れ、脳波の一時停止となったことで
私は寝たきりとなり、話すこともできず、
ただ目をかすかに開けることしかできなかった時がありました。
多くの人が、私に触れ、話しかけてくれました。
その一つひとつ、全て私に伝わっていました。
ただ、その時の私は、その声や、優しく触れてくれたことへ
反応を返すすべがありませんでした。
でも、どこに触れ、私にどんな話をしてくれたのか
全身全霊で感じていたのです。
そう、私に声や、触れてくれた時の感情も、しっかりと伝わっていたのです。
認知症の母の介護の中で、わたしはこの時の想い、
「全て伝わっている」を大事にしました。
たとえ、私達が望む反応や言葉が返ってこなくても、
アナタを大事に思っていること、アナタに笑顔でいて欲しいことが
きっと伝わっている。と
だからでしょうか。
2025年3月1日に旅立つ時まで、母は、私達の母のまま
私達は母の子供として、最後の時を迎えることができました。
認知症の家族の最後は、多くの方が、
誰だかわからない状態になっているとおっしゃります。
そうかもしれまんせん。でも、そうじゃないかもしれません。
それは当人しかわからないことだからこそ、きっと伝わっている。
という想いは大事ではないでしょうか。
認知症の末期のころでも、母は私達をみるとわかっているよと
目と握っている手を必ず握り返してくれていました。
だから、私は信じています。本人の奥底に、私が体験したのと同じように
皆からの声も、想いも、伝わっていると。
では、逆はどうでしょうか?
特に認知症や忘れがちな高齢の方でも、嫌なことをされた、攻撃された
この人は嫌い!という記憶は決して忘れない一面があります。
私達でも同じではないでしょうか。相手から嫌なことをされたら、覚えていませんか?
さて、ここまで読んでくださってありがとうございます。
そんなアナタに質問です。
もし、家族との別れを迎える時、あなたは、その家族に、
相手に、胸を張って向かい合える自信はありますか。
そんな生き方、家族との接し方はできていますか?
あなたの想い描く未来はなんですか?
2025年3月1日 代表 迫田 智之
※本記事は、旧オフィシャルサイトのお知らせより、
更新に合わせてブログ記事に移行させていただきました。